真冬の国民的な駅伝大会・箱根駅伝で監督としてチームを優勝に導いた上田誠仁さんと、コンディショニング研究の第一人者・杉田正明さんに、冬の体調管理術を教えてもらう本シリーズ。第3回となる今回は「休養」をテーマに、上田さんが箱根駅伝選手に指導している内容や具体的な実践方法について、日本テレビホールディングス・古市幸子がインタビューをおこなった。
<杉田正明さんプロフィール>
日本体育大学教授。ハイパフォーマンスセンター長。日本のスポーツ界におけるコンディショニング研究の第一人者であり、東京・パリのオリンピックでは日本選手団の本部役員として科学的支援を行う。
<上田誠仁さんプロフィール>
山梨学院大学教授。元陸上競技部監督。順天堂大学時代の箱根駅伝で選手として5区の区間賞を2度獲得。1985年に山梨学院大学監督に就任し、2年後に箱根駅伝初出場を果たす。監督として過去に総合優勝3回、準優勝5回、シード権獲得20回の実績を誇る。
冬を元気に乗り切るには「適切な休養・睡眠」が必要不可欠

━━上田先生は科学的な方法で選手のコンディションを管理された先駆者ですけれども、選手たちの睡眠や休養についてどのような指導をされていましたか。
上田さん)リカバリーを適切にとることがすごく重要です。トレーニング効果を上げることと、トレーニングした成果を発揮すること。それらを支えるのは栄養、睡眠、そして適切な休養方法なんです。
これはグラウンドで鍛える以上に、選手自身が認識してやっていかなきゃいけません。グラウンドでは私たちが見てますから声かけができるんですが、睡眠や休養は本当に自己管理になってしまいます。

ストレスやプレッシャーがあっても寝れないですし、寝る間際まで動画を見てたりメッセージの返信をしたりしても、良い睡眠が取れるわけがない。良いトレーニングをしても最後は良い睡眠が取れるか、適切な休養の仕方を実践できてるかなんですよね。
寝る前に脳を整えるのがコツ!杉田さんが教える4つの休養術

杉田さん)寝る前は、脳の状態を良くしてあげることが大事なんですね。たとえば、夜寝る前に今日ありがたかったことを3つ書き出すと、ちょっとうつっぽかった人もすぐに心の状態が良くなるんですね。脳がモヤモヤすると眠れないですから。

あと、せめて夜寝る前1時間はスマホやタブレットを遮断する。そしてアイマスクをして目からの情報をシャットアウトして熟睡できるようにするというノウハウもあります。

どうしても眠りたい人に「どうしたらいいんだ」とよく聞かれるんですが、就寝90分前に入浴などで一度体を温めると眠りやすくなると紹介しています。

体温が下がっていくと入眠しやすいんですね。本来何もしなければ緩やかに体温が下がっていくんですけど、手とか足を一時的に温めると急なカーブで体温が下がってきます。このカーブを作ってあげることによって、入眠を誘うことができます。
寝られなくても大丈夫!?上田監督が指導する「本番前の考え方」

━━上田先生、「いろいろな対策を一通りやっても眠れない」といった相談はありませんでしたか。
上田さん)ありますよ。そのときは「もう横になっておけば大丈夫だから」「ずっと起きてるぐらいのつもりでもいいぞ、走れるから」というふうに伝えます。

「寝れないと俺は走れない」「なんで寝られないんだろう」「明日試合だし、どうしよう」とネガティブシンキングになると、妄想が膨らんでしまって悪循環ですよね。そこをどうにかしてストップかけてあげなきゃいけない。
だから試合直前は「寝られなくても大丈夫」と声がけをします。本当に寝られなくても大丈夫なのかの検証は科学的にやってもらうとして、選手が「監督がそう言っているし、とりあえず横になっておこう」という気持ちになってくれればと思って。

━━監督からそう言ってもらうだけで、選手たちもだいぶ気が楽になりそうですね。
上田さん)「枕が変わると寝られない」という人もいますが、「自分はそういう人間なんだ」「寝れないことが悪いことだ」といったことが刷り込まれると、やることなすことに対して全部ネガティブ思考になってしまいますから。
━━まさに受験生も、試験前の日に家とは違うところで睡眠を取らなきゃいけないこともあるでしょうからね。
体調管理に100%はない!それでもできる限りの対策を実践する

━━上田先生が長年箱根駅伝を戦ってきた中で、試合直前に学生から言われて困ったことはありますか。
上田さん)一番困ったのは、前日に「微熱があります」って電話がかかってきたときですね。心臓がひっくり返りました。結局起用しなかったんです。

体調管理は、どんなに最善を尽くしても100%はありえないと受け止めなきゃいけないんですよね。
スポーツの世界に「絶対」はないです。でも出来る限りのプロセスマネジメントとリスクマネジメントをして、最後は出来る限りのセルフマネジメントができる選手に育てるようにしています。
プレッシャーのなかで睡眠をとるには「安心感」が重要

━━箱根駅伝直前の調整や休養で、特別にやってらっしゃることはあるんですか。
上田さん)人それぞれなんですが、起床してから5時間後ぐらいが生理学的な力を出しやすいと言われています。そうなると箱根駅伝の場合は朝8時スタートですから、朝3時ぐらいに起きなきゃいけないんですね。
とはいえ、試合直前の急な時差調整はあまりやらせていません。徐々に体を慣らそうと思っている選手には「1時間ぐらい早く寝たら」って言うぐらいです。「睡眠で大事なのは長さではなく質だから、1時間でもぐっすり寝られていれば大丈夫」と伝えておけば、安心感で入眠を誘う心理状態になりますから。

食事に関しても、胃のなかに消化しきれていない物が残っているとベストパフォーマンスが出ないんですね。だからだいたい4時間ぐらい前に、炭水化物中心に消化しやすいものを摂取します。
試合前は無理をさせない! 本番で結果を出すための指導と声かけ

杉田さん)上田先生、1週間前からのトレーニング量の調整、いわゆるテーパリングはどんな感じでやられていたんですか。
上田さん)箱根駅伝などの本当に大きな大会になってくると、1週間前からすーっと練習量を落とすんですね。それで1週間前と3日前に、わたしたちは「刺激」と呼んでいるのですが、ややキツい練習を入れる感じです。
なので、トレーニングに対する生理学的なストレスはないんですね。プレッシャーをかけるのは、失敗しても大丈夫な記録会などで経験させるようにしています。

試合直前は、1回1回の「刺激」で、自分の体が軽かったか重かったかなど、自分のコンディションを判断するセンサーがものすごく働き出すんですよね。
それで「ちょっと今日重かったですけど、大丈夫ですよ」っていう選手はいいんですけど、テンション下がってしまう選手もいるので、そういう選手のコントロールはなかなか苦労します。

━━そのときの言葉のかけ方は、いろいろ思案しながらやっていらっしゃる感じなんでしょうか。
上田さん)かける言葉・タイミング・声のトーンは、選手に合わせておこないます。「しっかりいけよ」と声がけをすることもありますし、肩をポンとたたいて終わる選手もいます。
受験生がいるご家庭でしたら、そのお子さんにとってどういう言葉が一番心の栄養になるかと考えて声かけをしてあげればいいんじゃないかなと思います。
規則正しい生活・感染対策・前向きな考え方で冬を乗り切ろう

━━受験生や冬が勝負時だという一般の方々に対して、休養についてのアドバイスはありますか。
杉田さん)上田先生のお話から紐解くと、やはり言葉掛けですよね。「とにかく緊張させない」「和らげる」「否定語は使わない」、つまり承認と受容で接するということです。あとは生活リズム・栄養・手洗い・換気・湿度の室内調整なども大切です。

さらに、テーパリングについては科学的にデータが出ています。3週間前から練習量を非線形・段階的に、量は4〜6割ぐらい落として、強度は維持する。そうすると、その後のタイムトライアルで3%プラスになったという結果が論文で出てるんです。
これは、受験勉強なら、たくさん勉強するよりも模擬問題を集中してやるということに置き換えられるのかなと思います。
━━量より質ということですね。次回は最終回となります。箱根駅伝当日の調整とメンタル管理についてお伺いします。
(『コンディショニングイノベーションLab公式』より抜粋・再構成)
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