真冬の国民的な駅伝大会・箱根駅伝で監督としてチームを優勝に導いた上田誠仁さんと、コンディショニング研究の第一人者・杉田正明さんに、冬の体調管理術を教えてもらう本シリーズ。最終回となる今回は、大会本番や受験当日など「大一番」を万全な状態で迎えるための最終調整について、日本テレビホールディングス・古市幸子がインタビューをおこなった。
<杉田正明さんプロフィール>
日本体育大学教授。ハイパフォーマンスセンター長。日本のスポーツ界におけるコンディショニング研究の第一人者であり、東京・パリのオリンピックでは日本選手団の本部役員として科学的支援を行う。
<上田誠仁さんプロフィール>
山梨学院大学教授。元陸上競技部監督。順天堂大学時代の箱根駅伝で選手として5区の区間賞を2度獲得。1985年に山梨学院大学監督に就任し、2年後に箱根駅伝初出場を果たす。監督として過去に総合優勝3回、準優勝5回、シード権獲得20回の実績を誇る。
大一番で起こりやすい!?体が固まってしまう「復帰抑制」

━━上田先生、これまでの監督経験のなかで「直前までコンディションの良かった選手が、大会当日になって急に調子が悪くなった」ということはありましたか。
上田さん)そういうタイプの選手もいましたね。試合会場は普段とは違って物々しい雰囲気ですから、ネガティブな思いに囚われて固まってしまうことがあります。
まるで、自分がどこかに持って行かれて、帰ってくるまでに時間がかかるような状態。心理学的には、これを「復帰抑制」といいます。

たとえば、サッカーの選手が良い感じでドリブルしていたのに、急にディフェンダーにボールを取られてしまい、すぐ動けずその場で止まってしまう。これに似たような状況が箱根駅伝でも起きる場合があるんです。
本番は通常の7割出せればOK! 安心できる声がけが大切

上田さん)箱根駅伝に限らず受験や入社試験など、大一番の場面ではストレスやプレッシャーでネガティブな気持ちになって自分を閉じ込めてしまうことがあります。
ですから私は、本番では選手に対して「通常の7割を出せれば成功」「それで出た結果は俺もちゃんと受け止めるから」と声がけをしていました。
一方で練習のときは、きついと思ってもそれが自分の限界だと思い込まないように声をかけて、選手を鼓舞していました。
本番当日の朝も普段と同じ物を食べよう

━━食事でいうと、選手たちはどのような物を箱根駅伝当日の朝、食べているんでしょうか。
上田さん)長い距離を走るので、炭水化物をしっかり取らなきゃいけません。あとは、あまり油っこくなくて食事が進むようなものです。さらに汁物ですね。温かいものを一緒に摂ればレース当日はオッケーです。
食事が終わった後に、もう少し糖質が欲しいなと思う場合は、カステラ1切れぐらい追加します。
━━受験などの本番前は「これを食べればOK」というより、普段どおりの食事を心がけたら良いということでしょうか。
上田さん)そうですね。受験の場合でいうと、勉強って思った以上に糖質を使うんです。頭のエネルギーの消費量は筋肉を使っているのと同じぐらいです。

上田さん)バナナは十分カロリー補給にもなりますね。一生懸命勉強しているときに、消化されて良いエネルギーがどんどん供給されていきます。
集中力の低下につながる「インスリン・ショック」に注意

━━杉田先生、トップアスリートの勝負前の食事はどのような感じでしょうか。
杉田さん)上田先生がおっしゃったとおりだと思います。いつもどおりの食事で、消化に優しくて、糖質・水分・ミネラルが含まれているものが良いです。

気を付けたいのは「インスリン・ショック」ですね。たとえば大会のスタート直前に甘いものをとると血糖値が急激に上がり、運動を始めると筋肉が糖を取り込んで急激に血糖値が下がってしまうんです。
受験の場合は緩やかに下がっていくと思うんですけど、それでも途中から集中力が切れてしまう可能性があります。
だから3時間に1度ぐらい、上田先生がおっしゃったようにカステラを1つずつ食べるようにすれば、血糖値も脳の栄養も維持されると思います。
本番前に心を整える「プレパフォーマンス・ルーティン」

杉田さん)コンディショニングでいうと、パフォーマンスを発揮する前の「プレパフォーマンス・ルーティン」というものもあります。

たとえば、息を4〜5秒吸って5〜6秒かけて吐く。これを1分やった後に「落ちついてやれば大丈夫だ」などセルフトークをする。このように、同じ内容を同じ順番で同じ長さでやると、後のパフォーマンスにも効果があることがわかってきました。

━━上田先生、箱根に出る選手で面白いルーティンの選手はいらっしゃいましたか。
上田さん)同じシューズケースを使ったり、同じ足から靴を履いたりなどですね。験担ぎは、心が安定したいつもどおりの自分の状態に持っていけるので、1つのルーティンとして悪いことじゃないと思うんです。
本番前は無駄に心を消耗せず目の前に集中することが大事

上田さん)選手にはよく「自分の努力で変えられないものに意識を集中するな」「自分のやるべきことに集中しなさい」と言います。
たとえば「今日雨だ」「向かい風がきつい」「同じ区間にこの選手が来てる」など、そのことを気に病んでるだけ自分の心を消耗するだけですから。

受験生の皆さんも試験会場に行けば「みんな賢そう」「あの人余裕そう」と思うかもしれませんが、相手もそう思っているんですよね。ですから「練習は試合のように、試合は練習のように」と昔からよく言われてるんですが、まったくその通りなんですよ。
緊張しても大丈夫!落ち着きを取り戻せる呼吸法

━━上田先生は、試合前に選手に何かアドバイスされることはありましたか。
上田さん)緊張して浅く速い呼吸になってしまうと、手足が痺れてしまったり横隔膜の痙攣が起こってしまったりするので、呼吸法のアドバイスをします。
少し口をすぼめて抵抗を与えながら息を吐いて、普通に息を吸う。これを10秒ぐらいかけてやると横隔膜に力が入ってきます。これを3回くらい繰り返すと、意識も自分の方に向いてきます。
事前の「プロセス・マネジメント」で冷静に本番を乗り切ろう

上田先生)この呼吸法を急に選手に教えてもダメで、「プロセス・マネジメント」といって事前に大会当日のシミュレーションをして、手順や対処法を考えさせておくことが大事です。
━━大会当日のシミュレーションは何度か繰り返されるんでしょうか。
上田さん)あまり多くはやらないです。頻繁にシミュレーションをしていると、それに囚われてしまうので。シミュレーションとして1回書いたものを見るのはOKにしています。
何かに囚われて自分のやるべきことを見失って力が出せないのはとても残念なことなので、それだけはコーチングとして回避させてあげたいと思っています。

━━杉田先生もいろいろなトップアスリートの方の相談を受けてきたと思いますが、いかがですか。
杉田さん)上田先生がおっしゃったように「プロセス・マネジメント」は大事だと思います。人間の脳って、メモリーの容量から考えるとだいたい1度に3〜4つくらいのことしか考えられないんですよね。
しかし、何をいつどうやるかあらかじめ書いておけば、想定外なことが起きても冷静に対処ができます。
這ってでもたすきを次に届ける責任…選手に伝えた「箱根駅伝哲学」

━━上田先生、箱根駅伝を走る選手の区間決めをした後、どのように本人に伝えるんですか。
上田さん)まず、エントリーナンバーを渡すときは「任せた」と伝えます。ナンバーというのは「自覚」と「責任」なんですね。途中、足が痛かろうがお腹が痛かろうが、たすきは這ってでも持っていかなきゃいけない。
そして、たすきは「託す」もので、一緒に練習してきた仲間、先輩、マネージャー、スタッフのみんなが日々織り上げた想いをつないでいくものだと思っています。なおかつ選手は走れなかった選手の気持ちまで運ばなきゃいけない。その意味も込めて「託すよ」と声をかけています。
ユニフォームは「自分たちが誇りに思えるか」。自分たちがこの1年間やってきたことがユニフォームに息吹を与えるんだと伝えています。

だから学生たちには「ナンバー・たすき・ユニフォームの3つを身につけることを理解した選手が箱根駅伝を走るべきだ」と言ってました。
そこまで受験生の皆さんにストイックになれということではないんですが、コツコツやってきたのは誰ものでもなく自分のものとして身についているので、それを信じて実力を発揮して欲しいなと思います。
前向きに最後までやり遂げる!大一番の場面で大切な心構え

━━杉田先生、上田先生、全4回にわたって貴重なお話をいただき、ありがとうございました。改めて、受験生やこれから勝負に行く人たちにメッセージをお願いします。
上田さん)状況の厳しさは不可能を測る物差しじゃなく、知恵と勇気を喚起させるカンフル(落ち込み気味の物事を蘇生させる措置)だと思ってもらったら良いと思います。
ネガティブに捉えないで「待ちに待った、力を発揮する場なんだ」と発想を変えて、清々しい気持ちでその日を迎えてもらいたいです。

杉田さん)本当に一言なんですが、入試が始まったらゆっくり始めてリズムを作る、そして何があっても自分はやり遂げるという強い決意を持って臨んでください。

━━ありがとうございます。皆さん、お二人のメッセージをとても心強く感じていらっしゃると思います。
(『コンディショニングイノベーションLab公式』より抜粋・再構成)
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