5月9日は「口腔ケア」の日。そこで今回から4回にわたり、歯磨きや噛み合わせ、噛む力など「口のコンディショニング」について取り上げる。話を伺ったのは、日本のスポーツ口腔医学の第一人者、安井利一先生。先生によると、よく噛むことが全身の健康やコンディショニングに繋がるという。噛む習慣が体に与える影響について、日本テレビホールディングス・古市幸子が迫った。
<安井利一さんプロフィール>
一般社団法人日本歯科医学会連合理事長。城西歯科大学(現・明海大学)歯学部卒業後、同大学大学院博士課程修了。1997年に明海大学歯学部教授に就任し、病院長、歯学部長を経て、2008年から2023年まで学長を務める。現在は明海大学名誉教授、日本歯科大学客員教授。日本スポーツ歯科医学会理事長も務める。
「よく噛む」が生活習慣病や肥満の改善につながる!

━━今回先生にお会いする前に口に関する研究結果を調べてみたんですが、驚くものがいろいろありました。たとえば「硬いものを食べている人はウエストが細い」「そしゃく力が低い人ほど死亡リスクが高い」などあったんですけれども、口の中のケアをすることが、虫歯や歯周病だけではなく全身のコンディショニングに繋がってくるんでしょうか。
はい、そうですね。よく噛むことで食べる量も少なくなりますし、満腹感も出やすくなります。

食べすぎなければ、やっぱりウエストも細くなるということですね。栄養士の学生を対象に国の機関が調べた、きちっとしたエビデンスもあります。
子どもの肥満対策でも「よく噛んで食べる」が効果を発揮

たとえば小学生にも「生活習慣病の予防は、よく噛むことから始まるんだよ」と話すのですが、小学生は自分が大人になったときの姿をなかなか想像できないことも多いですよね。だから「噛むと美味しくなるよね」「味わいが上がるよね」というところから話に入るようにしています。

今、肥満の子供への対応も始めています。まずは運動してエネルギーを使わせるのが流行りなんですが、肥満の子供にとって走るのは非常に大変です。
しかし「食べてもいいけど、よく噛んで食べようね」と言うと、「食べられるんだったら」と思ってやるわけですよね。そして夏休みを挟んで見てみると、体重が減少しているんです。
噛んで余命延長?昔からある健康法「フレッチャーイズム」

昔から、噛んで食べる健康法として「フレッチャーイズム」というものがあります。
いろいろな国を行商で歩いていたアメリカのフレッチャー氏が、40代で余命6ヶ月と言われました。それでインドに行ったときに見つけた「噛む健康法」を思い出し、とにかくドロドロになるまで食事を噛んで、69歳まで生きたんです。

━━余命ちょっとと言われたところから、噛むだけで回復したってことですか。反対に、噛まない人は死亡リスクが高くなっちゃうんですか。
そうですね。死亡リスクは島根県の歯科医師会と島根大学が多くの人たちを調べていて、エビデンスがあります。

死亡・障害などに対してのリスクは、噛んでいる方が低くなります。
よく噛むことでシワ防止にも!指で潰れない食べ物がおすすめ

噛むことは、副次的にいろいろなところに関わってきます。もちろん噛めば顔の筋力だって上がりますし、何にもしてないとだんだん皮膚がたるんできてシワができます。
━━皮膚がたるまないようにするためにも「硬いせんべいをボリボリ食べよう」なんて思っちゃいました。
せんべいって口の中に入れているとだんだんふやけてきますよね。噛まないと食べられないのは、たとえばタコ、イカ、パンの耳など。指で押して潰れない、噛みにくい食品に挑戦するのが効率的です。

━━そういうものを噛んで食べるのって疲れるなと思うんですけど、疲れるということはちゃんと筋肉使っているっていうことですよね。
筋肉疲労ですよね。ですから疲れたら「トレーニングが足りないな」って思えばいいわけです。しかし今は、食べ物の加工が先に進んでしまっています。より食べやすくしているんですよ。

たとえば高齢者になったら高齢者専用の半分でき上がったような食材が簡単に手に入ります。そうすると、歯がなくても食べれるわけですよ。「1本も歯がなくても私は土手で食べられる」という人がいっぱいいます。
噛む力が全身の筋肉に一番影響!口とスポーツの意外な関係性

━━先生のご専門はスポーツ口腔医学なんですよね。口の中の状態と、スポーツのパフォーマンスにはどういった関係があるんでしょうか。
元々、私は小学校で健康診断をよくやっていました。そのときに、重症の虫歯の子は運動能力テストの成績が低いので、奥歯が噛めないことが影響しているんじゃないのかなと思い、スポーツのパフォーマンスにも興味を持ったわけです。

━━噛むことで、筋力だけではなくて運動能力にも関わってくるんですか。
スポーツにも、噛んでいい種目と噛まない方がいい種目があるんですね。そもそも関節は、伸ばす方の筋肉と縮む方の筋肉で動いていて、強く噛むと筋肉が両方とも緊張するんです。そうすると、関節が動きにくくなってくるわけですね。

ですから、細かく動く卓球のようなスポーツの選手は、ほとんど噛まないんですよ。実際に測っても、卓球の選手は一番噛み合わせの力が低い。

逆に、たとえばボート、レスリング、柔道などバランスや力が必要な種目の選手は、すごく噛む力が強いんですよ。

「咬筋(こうきん)」が全身の筋肉に一番影響を与えやすいと言われているんですね。噛みしめると関節が動きにくくなるので、重い物を持ったり重力に抵抗して何かをしたりする種目については、噛むことが多いんです。

トップアスリートになると、噛むときと噛まないときを上手に使い分けていますね。
━━スポーツ選手は意識的にやってるんですか。
たぶん自分の経験値でやっているんだと思うんです。
高齢者が転倒するのは「歯の噛み合わせ」が原因かも

━━力の入る瞬間に噛むのは想像がつくんですけど、先生がさきほどおっしゃった「バランス」にも影響してくるんですか。
噛む力というより、接触面積ですね。上の歯と下の歯が合わさっている歯の面積が少ないと、頭が揺れるんです。頭が揺れると必ず体は揺れる。反対に頭が固定されていれば、案外体は揺れないんですよ。

高齢になるとよく転ぶじゃないですか。噛み合わせが悪くなっているのをそのまま放置していると重心が揺れ動くんです。
━━高齢者の転倒も噛み合わせが影響しているんですか。
たぶん噛み合わせが悪くなってちゃんと食べられず、筋肉も維持できず体も揺れてきて、転倒する原因になるということだと思います。

だからまずは「何でも食べられる口の中を作るところからスタートしましょう」という話が一番理解してもらえるかなと思っています。
スポーツ界で注目!パフォーマンス直結の「歯の噛み合わせ」

━━ちゃんと噛めていない、バランス感覚を失った人がスポーツするとどんな影響が出てくるんですか。
力の入る噛み合わせの人と比べてみると、寝ている状態から起き上がるのに時間がかかったり、歩くのも時間がかかったりしますね。

これは、たとえばレスリング選手ですと、寝てる状態から起き上がって相手のバックに回るときに命取りですよね。また、競歩の選手が歩くのに時間がかかっていたら、勝負にならないわけです。
ですから今は、オリンピックの選手は噛み合わせに非常に敏感です。ほかにもモーグル、ハーフパイプなどの種目も、回転しますからバランスが大事ですよね。これらの選手は、噛み合わせがおかしくなったらダメじゃないかと思います。

日本は、スポーツ科学の科学的なトレーニングをなかなか取り入れてこなかった部分があるので、今一生懸命エビデンスを作っては出しています。
ガムで噛む力をチェック!よく噛んで食べる習慣をつけよう

━━噛む力を自分でチェックする方法はあるんですか。
「そしゃく判定ガム」というガムがあります。色が違うガムを、たとえば40回噛んでどのぐらい混ざったか判断するんですよね。ちゃんと噛めている人のガムはほぼ紫色になり、噛めてない人のは赤と青が入り混じっています。

━━改めて、先生にとって噛むことはどういった意味があると思われますか。
口の中の状態を見ると、その人の人生が浮かんでくる感じがするんですよ。「美味しいものをしっかり噛んで食べられる」「人とよくコミュニケーションが取れる」などの機能を維持するために、口の中の健康を大切にしてもらいたいです。それが噛む効力にあると思います。

やっぱり自分でよく噛むんだっていう意識を持ってやると、ある程度噛めます。「一口食べたら箸を置いて噛んでください」って言うんですが、忙しい皆さんは「箸なんて置くもの?」みたいな感じで食べてますね。

━━夜ご飯からちょっとずつ始めていきたいと思います。
ぜひ。人生が変わりますよ。
━━次回はコンディショニング特集第2弾をお送りします。今の日本人に起きているお口の異常や歯磨きの新常識についてお伺いします。
(『コンディショニングイノベーションLab公式』より抜粋・再構成)
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