日本代表が初戦のカメルーン戦に勝利し、その勢いのままベスト16進出を果たした2010年のFIFAワールドカップ南アフリカ大会。今回は、この伝説的な大会で活躍した元プロサッカー選手の松井大輔さんと、当時日本代表のコンディショニング専門スタッフを務めていた杉田正明先生を迎え、日本テレビホールディングスの古市幸子がインタビューを実施。ベスト16進出を支えた選手たちのコンディショニングや、その舞台裏について話を聞いた。
<松井大輔さんプロフィール>
元プロサッカー選手。鹿児島実業高校卒業後、2000年に京都サンガF.C.でプロデビュー。フランス、ロシア、ブルガリア、ポーランド、ベトナムなど海外5カ国9クラブでプレーし、国内ではジュビロ磐田、横浜FC、Y.S.C.C.横浜で活躍。2004年のアテネ五輪、2010年の南アフリカW杯に日本代表として出場した。2024年に現役引退後は、日本フットサルトップリーグ理事長、U-18日本代表ロールモデルコーチ、京都橘大学客員教授など幅広く活動している。
<杉田正明さんプロフィール>
日本体育大学教授ハイパフォーマンスセンター長。日本のスポーツ界におけるコンディショニング研究の第一人者であり、東京・パリのオリンピックでは日本選手団の本部役員として科学的支援を行う。
ダークホースとしてベスト16の先へ!松井選手が語る2026年W杯

━━松井さんといえば2010年W杯の初戦・カメルーン戦で本田圭佑選手のゴールをアシストした伝説の選手ですが、あのときのゴールはどうだったんですか。
松井さん)親善試合でずっと勝てていない中で迎えたカメルーン戦だったので、気持ちのこもったセンタリングをあげさせていただきました。圭佑も良いところにいたんで。
2010年W杯のときは、直前までメンバーがほとんど決まっていなくて、W杯前のジンバブエとの練習試合でスタメンが決まったんです。

━━直前までメンバーが決まらないことって多いんですか?
松井さん)滅多にないです。そのときは親善試合でずっと勝てていなかったので、スタメンが固定できなかったんだと思います。監督は直前まで見て調子のいい人を選びたかったんじゃないですかね。
━━今回もW杯直前ということで選手たちも発表になりました。今年の大会はどんなところが期待できそうですか。
松井さん)チームのレベルの差がなくなってきたと思うので、どの国にもチャンスが来るんじゃないかな。だからなおさら面白そうだなと。

━━そこに日本はどんなふうに絡めそうですか。
松井さん)やはりダークホースになってほしいです。イングランドにも、ブラジルにも、ドイツにも、スペインにも勝っているんで。初戦でオランダに勝って、ベスト16と言わずその先まで上り詰めてほしいなと思います。
知れば今大会がより楽しめる!2010年W杯と共通する「高地の試合」

松井さん)今回の開催地がアメリカ、カナダ、メキシコで、今回先生が来ているということは、だいぶ良い企画だと思いますよ。
━━だいぶ良いというのは?
松井さん)メキシコは標高が高い。先生が2010年W杯の高地対策のデータを持っていらっしゃるので、今回の話をちゃんと聞いておいた方がW杯を楽しめると思いますね。

━━2010年のときも高地での試合ということで、その対策のために杉田先生が帯同されていたんですよね。
杉田さん)最初はトレーナーさんが「話を聞きたい」と来られて。そして2月に岡田武史元監督にお会いして、「じゃあ直前合宿地のスイスに来てください」と言われて。ですから大会の4か月前から準備が始まりました。
標高1,400mで11日間合宿…2010年の日本代表の高地トレーニング

━━南アフリカ大会の試合はほとんどが高地という状況だったんですかね。
杉田さん)4試合中3試合が高地でした。平地はオランダ戦だけでしたね。
━━標高はどれぐらいだったんですか。
杉田さん)1,400mとか。日本でいうと長野県の菅平以上のところです。

松井さん)代表選手ってサッカーに集中していてあまり人の話を聞いていない人が多いので、高地で試合をすることをみんな認識していなかったんですよね。
━━練習をしていたスイスは標高が同じぐらいなんですか。
杉田さん)スイスの標高は1,800mくらいです。そこで11日間トレーニングをしました。高地から降りてすぐ試合なら直前1週間ぐらいでもいいんですが、勝ち残ると試合が続くのでね。

松井さん)平地に降りたらもともと蓄積していたものはすぐなくなっちゃうんですか。
杉田さん)それが個人差もあったりして、我々の学術の世界でもはっきり言えないところなんです。
気分はスーパーサイヤ人!松井選手が体感した高地対策の効果

杉田さん)2010年の合宿は11日間で、高地から降りてすぐ練習試合に行ったじゃないですか。
松井さん)あのとき、スーパーサイヤ人みたいになったんですよ。低酸素の山の上でトレーニングして平地に降りることってないので、降りた瞬間にめっちゃ走れたんです。イングランド戦とかコートジボワール戦とか。

━━それぐらい高地トレーニングって効果があるんですね。
松井さん)すごいですよ。
杉田さん)あると思います。その代わり、高地でトレーニングしているときはきつい。
松井さん)精神と時の部屋みたいな感じです。高地で走ったときに「これだけ走れないのは久しぶりだな」って思いましたもん。
鉄の消耗で疲れやすい高地…血液検査で選手の体調をチェック

━━日本代表の高地トレーニング導入は初めてだったんですよね。実際に選手たちのどういった点をチェックしていたんですか。
杉田さん)「疲労具合」と「低酸素への順応力」の2つを見ていました。まず選手の皆さんに血液検査をやっていただいて。

杉田さん)総蛋白と鉄がくっついてヘモグロビンが作られるので、その3つを確実に見ていました。あと、フェリチンと呼ばれる貯蔵鉄ですね。フェリチンの数値が低いと隠れ貧血なんですよ。

━━松井さんの血液はどうだったんですか。
杉田さん)良かったんですが、フェリチンは僕が理想とする数字よりちょっと低かった。
松井さん)だから鉄をすごい渡してきたんですよ。「これ、鉄です」って。

━━鉄が少ないと選手にとってはどんな影響があるんですか。
杉田さん)高地に行くとものすごく鉄を消耗するんです。練習以外も24時間ずっと低酸素の環境にさらされますから、鉄はかなり大事なんですよね。
松井さん)倍ぐらい疲れるんですよ。
毎朝27人分をチェック!尿検査で選手の脱水や疲れ具合を確認

杉田さん)毎朝尿検査をおこなって、脱水の状況や老廃物がちゃんと出ているか、体が酸性からアルカリ性に戻っているかどうか、1人で27人分チェックをしていました。
━━尿の何を調べていたんですか。
杉田さん)まず、色です。リンゴジュースみたいな茶色っぽい尿は脱水気味なんですよ。その脱水具合を、比重計を使って数字で測る。

あと、尿に出ているいろいろな物質ですね。たとえば、体に負荷がかかりすぎると腎臓から蛋白が出ます。また、筋肉を激しく使うと老廃物として出てくるはずのクレアチニンが出ていないと、僕は問題視していました。

杉田さん)朝、トレーナールームで「今日はこの選手とこの選手が蛋白が出ていたんですよね」と言っていたら、その選手が2人とも「ちょっと体が…」とトレーナールームに来たんですよ。
松井さん)やっぱりデータに出るんだ。
選手の科学的データを活用して監督が練習メニューを調整

━━選手のコンディションを見てわかったことは、監督やトレーナーさんにどう報告するんですか。
杉田さん)朝7〜8時ぐらいまでの間に全員の尿を分析してまとめて、朝食会場で監督に報告していました。「チーム全体の体調を100としたら今日は70くらいです。心配なのはこの選手です」と伝えていました。
━━じゃあ杉田先生の報告を聞いて、岡田監督はその日の練習のメニューを決めていたんですかね。
杉田さん)メニューの強弱をつけられていましたね。あくまでも科学的なデータは監督にうまく判断材料として使ってもらう。「今日は疲れてますから落とした方が良いですよ」というのは越権行為だと思ってやり取りしていました。

杉田さん)科学データだけを鵜呑みにすると良くないんですよ。本人の主観や、コーチ・スタッフが見て総合的に判断して、監督は微調整を図っていたと思います。
酸素飽和度・心拍数…体調チェックアンケートも毎日実施

杉田さん)選手の皆さんには、体調チェックアンケートを渡していました。
松井さん)毎回書いてたな。すごい、残ってるんですか。

━━どんな項目があるんですか。
杉田さん)睡眠の深さや疲労感などですね。あと、パルスオキシメーターで酸素飽和度を計測したり。

杉田さん)平地から高地に行くと、体が慣れていないので酸素飽和度が93〜95%ぐらいに下がるんです。生活していくとだんだん上がっていきます。
脈拍も、周りに酸素が少ないと脈拍を増やして体に酸素を回そうとするので最初は高いんですが、だんだん下がってくるんですね。こういうので順応を見ていました。

松井さん)順応する人・しない人は、やっぱりあるんですか。
杉田さん)あります。もう本当に体質です。
当時のデータをAI解析!松井選手のコンディションは1位だった

杉田さん)実は僕、今日の対談の前に全部のデータをAIに解析してもらったんですよ。そしたらコンディション1位は松井くんでした。試合とか強度の高い練習をすると、疲れが翌日に残ったりするじゃないですか。でもすごく高い状態で安定していた。
松井さん)そうですね。僕はW杯直前に怪我しちゃったんで、1戦目まで持っていくのにコンディションにめちゃくちゃ気を遣ったというか。

松井さん)高地トレーニングも、最初は全然上がらなかったですけど徐々に順応していって、コンディションは僕がたぶん一番良かったと思います。
━━怪我をしている分、慎重にコンディションを作っていかれたのが功を奏したんですかね。
(『コンディショニングイノベーションLab公式』より抜粋・再構成)
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