日本代表がベスト16進出を果たした伝説の2010年W杯。その躍進を支えた要因の一つが、当時としては画期的だった、杉田先生考案の科学的手法によるコンディショニングだった。しかし、当時日本代表選手だった松井大輔さんによると、その取り組みは当初選手たちから十分な信頼を得られていたわけではなかったという。日本テレビホールディングスの古市幸子が、大会直前のスイス合宿から初戦・カメルーン戦までの舞台裏に迫った。

<松井大輔さんプロフィール>
元プロサッカー選手。鹿児島実業高校卒業後、2000年に京都サンガF.C.でプロデビュー。フランス、ロシア、ブルガリア、ポーランド、ベトナムなど海外5カ国9クラブでプレーし、国内ではジュビロ磐田、横浜FC、Y.S.C.C.横浜で活躍。2004年のアテネ五輪、2010年の南アフリカW杯に日本代表として出場した。2024年に現役引退後は、日本フットサルトップリーグ理事長、U-18日本代表ロールモデルコーチ、京都橘大学客員教授など幅広く活動している。

<杉田正明さんプロフィール>
日本体育大学教授ハイパフォーマンスセンター長。日本のスポーツ界におけるコンディショニング研究の第一人者であり、東京・パリのオリンピックでは日本選手団の本部役員として科学的支援を行う。

松井さんに質問!選手は当時科学的手法をどう思っていた?

━━松井さんに3つ質問させていただきます。最初のクエスチョン。「スイス合宿で取り入れた科学的手法を最初から信頼していた」。

━━続いてのクエスチョン。「科学的コンディショニングを面倒くさがっている選手もいた」。

松井さん)そりゃそうでしょ。

━━3つ目のクエスチョン。「初戦で勝てたのは正直スイス合宿のおかげだ」。

松井さん)これはもう、そうだと思います。

杉田先生は敵だった!? 最初は信頼されなかった科学的手法

━━スイス合宿で取り入れた科学的手法を最初から信頼していなかったということですが。

松井さん)やはり初めての試みだったと思いますし、「なんでそんなことしないといけないんだ」というのが、みんなあったと思いますよ。

━━選手の皆さんは杉田先生のことをどんなふうに見ていたんですか。

松井さん)最初のイメージは「誰か来てるな」って。

━━何かお話をされることとか、説明することとかなかったんですか。

杉田さん)基本的には、コンディションのデータを見て「あ、これは」と思うところがある場合には個別に話をしましたけど、それ以外は一切。どちらかというと、僕は選手と距離を空けていました。

松井さん)なんなら、選手からしたら「敵」みたいなもんですよ。自分のコンディションを監督に言われるわけじゃないですか。こっちは隠したい人もいるんで。「俺は完璧だ」「コンディションは良い」って思いたいじゃないですか。

━━杉田先生としては、もちろん選手がそう不安に思われていることもわかったうえで、監督とお話されていたわけですよね。

杉田さん)そうですね。僕はとにかく選手に早く疲労回復をしてもらって良い状態にしてもらうために報告してましたから。

低酸素の高地合宿であえて高酸素吸入を実施!杉田先生の狙い

杉田さん)高酸素の吸入もしましたよね。

松井さん)しました。あれ、何か意味あるんですか。

杉田さん)あります、あります。スイスで本田くん(本田圭佑選手)に「なんで僕らは低酸素の環境に体を慣らしに来てるのに高酸素を吸わせるんですか」と質問されました。

松井さん)確かにそう思います。

杉田さん)たとえば、暑さ対策で暑いところにいて体を慣らすとすると、すごく疲れるじゃないですか。夜、ちゃんと寝るためにはやはり涼しい環境にして寝た方が良い。

杉田さん)それと同じで、低酸素の環境にいると疲労も溜まっていくから、夜寝る前に30分高酸素を吸って、しっかりと睡眠をとって、良い練習を継続する。

会話を通して少しずつ信頼関係を築いた杉田先生と選手たち

━━第2問の回答で、最初は科学的コンディショニングを面倒くさがっている選手もいたということですが、高酸素の話のように、日々一緒に過ごしているうちに会話も生まれてきた感じですか。

杉田さん)おっしゃるとおりですね。それこそ南アフリカに行ってから、結構選手から話しかけられました。

本田圭佑くんには「先生、陸上の人ですよね。なんでウサイン・ボルトは足が速いんですか」って聞かれて。「遺伝もあると思うけどね」と言ったら「遺伝って言われたら僕はその差を埋めることができないじゃないですか。遺伝っていう言葉は嫌いです」と怒られたんです。「ごめんごめん」って言い直しました。

━━松井さんとはその当時どんな会話をしたか覚えてますか。

松井さん)僕、ほとんどしてないんじゃないですか。

杉田さん)飄々と真面目に集中してる感じでしたね。

松井さん)でもコンディションを上げることはすごく頑張ってたというか。直前まで怪我していたんで、最初の方は「しんどいな」っていうのはありました。

━━そういうときに「先生に聞いてみたいな」って思うこととかなかったんですか。

松井さん)先生もそんなに存在感を出してなかったんですよ。そんなに前に出てくる感じじゃなかったんです。

初戦の勝利が杉田先生と選手の信頼関係を深めるきっかけに

松井さん)でも、最終的に質問をしている選手は多かったんですよ。だから信頼というか、みんな個々に「コンディションをどう整えたらいいですか」って質問していたんじゃないかなと思います。

━━どんどん話しかけてきた選手って、誰かいらっしゃいましたか。

杉田さん)いましたよ。中村憲剛くんとか、長友佑都くんとか、内田篤人くんとか、毎朝「先生、今日どうでしたか」と聞いてきました。

杉田さん)1試合目のカメルーン戦に勝ったのが大きかったですね。あれで「やっていることを信用してもいいんだ」と。

松井さん)そうですね。今までやってきたことが報われた、じゃないですけど。「これでいいんだ」「これが進むべき道なんだ」と自信がついて、そこからチームワークもすごく良くなりました。

━━3問目の「初戦で勝てたのはスイス合宿のおかげ」って松井さんも感じてらっしゃったんですけど、そう感じた選手が多かったっていうことですかね。

松井さん)僕は低地に降りたときに。「サースフェー(スイス合宿)があったから走れたんだ」と実感できたんで。

松井さん)僕は足がそんなに速くなくてキレの選手なので、どれだけ自分の体がキレているか、すぐ体感でわかるんです。そういう意味で、スイスの合宿から低地に降りたときに感じたものは、すごかったです。

低地でも高地順化の能力を保つために「低酸素吸入」を実施

━━高酸素だけじゃなくて、低酸素を吸うこともあったんですよね。それは何のためですか。

杉田さん)実はスイスにいるときに岡田監督に呼ばれまして。「先生、低地に降りてから第3戦目まで18日間空いているが、11日間のスイスの合宿で高地順化した状態がもつのか?」と。やっぱり低地にずっといたら、だんだん低地に慣れてくる。

杉田さん)だから、高地順化の能力が持つように、サブの方は3回、先発の人は2回低酸素を吸入して、最後まで持つようにしました。

1時間のプログラムがあるんですよ。6分間低酸素を吸ったら、呼吸器を離して4分間普通の酸素を吸う。これを6回繰り返すんですね。黒い筒の中を空気が通る間に低酸素になる。

タンパク尿が出た選手も…初戦後に選手たちを襲った強い疲労

松井さん)カメルーン戦が終わってからオランダ戦までの間、「次の試合、たぶん先発無理だわ」って思ったんですよ。ほんとに体がめっちゃ重くなっちゃって。

杉田さん)めちゃくちゃ走ってましたからね。

━━そこからどんなふうに回復したかって覚えてますか。

松井さん)ファンの方々からのメッセージをいただいて、もう1回奮い立たせてオランダ戦に臨みました。

杉田さん)そんなにデータは悪くなかったんですよ。普通だったら、たとえば尿が酸性の状態で続いたり、タンパクが出たりするんですが。ほかの選手はタンパクが出たりしてたんですよ。

松井さん)体が重い選手いましたもんね。誰ですか。

杉田さん)それは言えないかな……。

(『コンディショニングイノベーションLab公式』より抜粋・再構成)


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