アジア競技大会の開催を前に、トップアスリートからコンディショニングの極意を直接学ぶスペシャル企画。今回は、陸上競技界のレジェンド・福士加代子さんと、現役時代の福士さんのコンディショニングを担当した杉田正明さんを迎え、「休む・やめる勇気」について取り上げた。トップアスリートは、どのように自分のコンディションを管理し、休むタイミングを見極めているのか……。日本テレビホールディングス・古市幸子が話を伺った。
<杉田正明さんプロフィール>
日本体育大学教授ハイパフォーマンスセンター長。日本のスポーツ界におけるコンディショニング研究の第一人者であり、東京・パリのオリンピックでは日本選手団の本部役員として科学的支援を行う。
<福士加代子さんプロフィール>
元陸上競技選手。3,000m、5,000m、ハーフマラソンで当時の日本記録を樹立し、「トラックの女王」と呼ばれた。オリンピックには日本女子陸上選手として初めて4大会連続出場(2004年アテネ〜2016年リオデジャネイロ)。2013年モスクワ世界陸上では、女子マラソンで銅メダルを獲得した。2022年の現役引退後はワコール女子陸上競技部のアドバイザーを務めるほか、ランイベントを主催するなど、走る楽しさを伝える活動にも精力的に取り組んでいる。
練習の追い込みでケガ続き…「自分流の頑張り方」に変えた

━━アスリートというと限界まで頑張るというイメージがあるんですが、福士さんは選手生活で休む・やめる勇気を感じたことがあったということですか。
福士さん)そうですね。頑張るふりをやめたというか、「やーめた」って言ったらすごく楽になったことがあります。
頑張っていないわけじゃないんですが、みんなが頑張っていることを一緒に頑張ってもダメだなと思って。

福士さん)たとえば、同じ陸上競技のアスリートである野口みずきさんは「練習を頑張るぞ」って言って最後の絞り出すところまで頑張れる方なんです。
私も何回も同じようにやったんですが、私は絞り出すところまでやるとケガをしちゃう人だったんですね。

福士さん)だから私は、事前のコンディショニングを整えるという方向性にいったんです。頑張り方を変えたってことですね。
━━トップアスリートでも全然タイプが違うってことですかね。
福士さん)私の場合はとにかくケガが多くて。みんながやっていることはとりあえず全部やるんですけど、「ここまで行っちゃうとダメだった」っていう失敗を2回ぐらいしているんですよ。
疲れたら割り切って休む!自分で調整・判断できる環境も大切

━━杉田先生、頑張り具合ってなかなか難しいところですよね。
杉田さん)特に、女子の選手は途中でやめるっていうことができないんです。真面目な選手が多いんですよね。ですから「やめるのか」「続けるのか」「ペースを落としてちょっとやるのか」という判断をしやすくする環境作りが大事だと思うんです。

杉田さん)そして、選手自身が自分でちゃんと決断して行動する。なかなか、監督やコーチの顔色を見てやめられない選手もいるんですが。
福士さん)それはありましたね。
━━福士さん、具体的にどういう状況だったんですか。
福士さん)たとえば20kmを走る練習で「最後までやると次の日以降の練習ができないな」と思ったので、5km減らしてジョギングにしたりして、休むことを覚えましたね。

福士さん)監督の顔色は悪くなりますが「すみません、明日もあるんで今日はやめます」とはっきり言って、明日からまた頑張るようにしても良いのかなって、やってみて思いましたね。

杉田さん)正解だと思います。疲労が蓄積した状態で継続しても、良い結果は生みませんので。割り切って自分流を貫いたのが、良いパフォーマンスに繋がったんじゃないかと思います。
━━でも、監督もピリッとする反応を見せたでしょうし、勇気がいることではありましたよね。
福士さん)勇気は試合に使うものですからね。「よし、あそこで言った勇気よりも試合に出る方が楽か」と考えました。だから、なんでもやってみたら良いんですよ。

杉田さん)コーチやトレーナーさん、栄養士さんなど福士さんを支えるチームがあるので、その人たちも監督にフォローを入れたりして、良いチームワークができていましたね。
走り切る美学より五輪!次の試合に備えるために途中棄権

━━そんな福士さんなんですけど、2019年の大阪国際女子マラソンで初めて途中棄権を経験されたということなんですが、具体的にどのような状況だったんでしょうか。
福士さん)オリンピック選考がかかってる試合だったんですが、大阪がダメだったら1ヶ月ぐらい後に名古屋があるんですよ。それで大阪をしっかり走った後に名古屋となると「たぶん体が戻らないな」と思って。
それで、はじめて試合の前日に監督に「先頭から遅れた時点で私やめますね」って言ったんです。

福士さん)「マラソンは必ず完走するものだ」みたいな美学もあったと思うんですけど、美学よりもとにかくオリンピックの代表を取らないといけない。だったら、次の選考のために今やめるしかないと思って。

━━体調やコンディションも、最終的には自分しかわからないですもんね。
福士さん)コンディションも試合に合わせてきているので悪くはないんですが、代表は1〜2枠しかないので、勝負してダメなときは次にかけるしかないんですよ。
有森さんが当時解説で「やめて次に向かうんだったら、ありなんじゃないかな」って言ってくれて、レジェンドに言われたら大丈夫だなと思いました。
女性アスリートに多い!相対的エネルギー不足による体の不調

福士さん)川内優輝くん(東京マラソン4位。「公務員ランナー」として話題になった)はすごいですよね。毎週のように走っていく。
杉田さん)彼の試合やトレーニング、食事を見ていると、食事から摂るエネルギーの量とトレーニングによって消費されるエネルギーが釣り合っていると思います。

杉田さん)でも女性の場合は、食事から摂るエネルギーの量がトレーニングで消費するエネルギーよりも慢性的に少なくなってしまうんですね。
これは「スポーツにおける相対的エネルギー不足」というんですが、IOC(国際オリンピック委員会)も2023年にステートメントを出しているんです。

杉田さん)女性アスリートはそういう傾向が強いので、ホルモンバランスが崩れて、貧血や疲労骨折、メンタル不調などいろいろな影響が出るんですよ。
しっかり食べてしっかりトレーニングする選手がやっぱり強いですね。
福士さん)私は、緊張で食べたくなくなっちゃうんですね。1回で食べれないので、1日5食とかこまめにとっていました。
ただ休むのではなく「別のこと」をやってマインドを変える

━━ 一般の方でも目先のことに頑張りすぎちゃって休むことを忘れちゃう人っていると思うんですけど、そういう方に対してアドバイスはありますか。
福士さん)1日でも良いので、思い切って休んでみると良いですね。
私の場合は、走らなくて「どうしよう」ってずっと考えているだけでエネルギーを使ってしまうので、普段と全然違うところに行ったり、体を動かすけれど走ることは休んだりして、1回マインドを変えちゃいます。

━━走るのをやめるだけが休みじゃなくて、違うことをするんですね。
福士さん)はい。「休みたくても休めない」「走らないと気持ち悪い」っていう人もいると思うんですが、そういう場合はちょっと走って、そのあとを全部変えるとかですね。
やめる=失敗ではない!疲れたら休むのもコンディショニング

━━杉田先生も今までこのコンテンツでいろいろなお話をしてくださいましたが、休むといってもいろいろな形がありますもんね。
杉田さん)練習を毎日しなきゃいけないとなると、続けることが目的になるので「やめること=失敗」というイメージがありますよね。

杉田さん)しかし健康ややる気を継続させるためには、体と対話をして「やめる」という選択肢も持って、行動できるのが正しいコンディショニングだと思うんです。
続けるのもやめるのも、両方とも立派なコンディショニングだと思うので、やめることをためらわないでほしいですね。

杉田さん)気乗りがしないときは、だいたい体調が悪いんです。どこかに疲れが溜まっていて、脳が「今日はちょっと休んだ方が良いんじゃない」というサインを出していると思ったほうが良いです。
━━福士さんは、現役時代から現在にかけて、体のお手入れで気を付けていることはありますか。
福士さん)姿勢には気をつけていますね。顎が上がりがちだったり猫背だったりで呼吸をし忘れているときが多いので、うまく酸素を取り入れるために意識しています。

━━まだまだ福士さんにお話を伺っていきたいと思います。次回は食事と水分補給のコンディショニング術を伺います。
(『コンディショニングイノベーションLab公式』より抜粋・再構成)
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